理事長 渥美和彦(あつみ かずひこ) 略歴 1928年大阪生まれ。京都の旧制第三高校を経て、1954年東大医学部卒。東大木本外科に人局して、心臓外科を専攻。超音波、ペースメーカなどの医用工学を学び、人工臓器の研究を始める。1965年、東大医用電子研究施設の教授に就任。レーザ医学、サーモグラフィ、医療情報システム、生体磁気などの先端医学の分野に挑戦し、1989年、人工臓器の山羊の長期生存世界記録をつくる。東大定年後、鈴鹿医療大学学長、日本学術会議第7部長などを経て、1998年日本代替・相補・伝統医療連合会議、さらに、2000年には日本統合医療学会を設立し、理事長に就任。“国民のための医療"を目ざし、“統合医療の道"を歩んでいる。
1993年、米国政府はハーバード大学のアイゼンバーグ準教授の「米国民の3分の1が代替医療を併用している」という統計に愕然として、NIHに代替医療調査室(OAM)をつくり、調査を命じた。 そして、その調査を踏まえて代替医療の必要性を痛感し、1999年OAMを国立相補・代替医療センター(NCCAM)に発展させたのである。米国では、 ハーバード大学、コロンビア大学、スタンフォード大学、ミシガン大学など米国を代表とする13の大学に、CAM研究所を設立するとともに、CAM学科も開設して医学教育を進めている。 ヨーロッパにおいては、英国のエクセター大学、ドイツのミュンヘン工科大学、ハイデルベルグ大学、フランス、オランダ、スウェーデン、オーストリアなどに CAMのクリニックや研究所があり、ドイツの医師国家試験にはCAMの問題が出題されているといわれている。 中国は医薬管理局が中国医学とともに、統合医療を推進しており、インドでもアーユルベーダの教育・研究・普及の再検討を進めている。一方、WHOも今年9月には、神戸で伝統医療・相補・代替医療(TCAM)推進へ向けて世界地図を作成するため、その国際シンポジウムを開いた。 このようにCAMや統合医療の波は、先進国、発展途上国を問わず世界において急速に拡大している。この意味においては、日本は鎖国状態である。
日本では多くの健保組合が破産に追い込まれ、政府も最近、医療費自己負担3割を決定したが、これが5割に引き上げられるのは目前のことと予測されている。 医療のすべてを政府が責任を持つ時代はもう終わったのである。そして医師のみが医療を担当する時代も終わりつつある。前者は、国民が医療費の一部を負担することであり、後者は医師以外の医療関係者が参加するチーム医療である。 さて、医療のあり方は、出生から健康、疾病の予防、診療、リハビリ、老化(予防)、死と、人生の一生のケアからキュアをする包括医療が理想であり、それら の境界がボーダレスになっている。また、従来の医学は診断と治療のみに重点がおかれていたが、これからは、保健、予防が重要であることはいうまでもない。 しかし、日本の健康保険は、病気のみしか面倒をみないので、「疾病保険」というべきだが、さらに、保険・予防まで国が面倒をみる余裕はない。 このため、保健・予防については、セルフケア(自己の責任)で行うことになる。この部分は私費となり、生命保険などに依存することになる。つまり、現状では日本は保健・予防と医療の二重構造にならざるを得ないのである。
まず、健康食品については、その内容が学術的に明白なものについて公開されたものが少なく、新聞・雑誌・テレビの広告により販売が左右されるものが多い。 しかも、医師と称するライターによる経験本が氾濫している。たとえその内容が事実であったとしても、米国のNIHでは、この種のデータを“エピソード”に よると称して、最も実証性の乏しいデータに位置づけている。この無責任に近い経験本の自由すぎる発刊が、国民の混乱の原因の一つとなっており、厳しく監視する必要がある。 健康食品は医薬品と異なり、法的規制は緩く、野放図に近い。そして、消費者は選択に苦慮している。とりわけ、癌患者などは“藁をも掴む思い”で高額なものを購入しているのが現状である。これは、食品であるがゆえに規制が難しいからであるが、国民が戸惑わないためにも、なんらかのガイドラインが必要である。 このような意味で、日本代替・相補・伝統医療連合会議(JACT)では2年間にわたってこの分野の専門家を集めて検討を行ってきた。その結果、JACT健 康食品評価・認定委員会を発足させ、健康食品の学術的検討を行うことにした。そして、4月から審査を希望する健康食品の登録の受付を開始することになって いる。 さて、鍼灸師や柔道整復師などの国家資格者による諸療法に対しては、各学会の管理により統合医療への参加を検討する必要があると考えている。問題は国家資 格のない各療法に対する対応である。カイロプラクティック、アロマセラピー、ホメオパシーなどは、日本では国家資格に認められていないが、欧米では認めら れているものもある。これらについては、欧米の経験 に基づいて、効用と副作用などを検討し、日本でも規制を検討する必要がある。
伝統医学や民間療法は数百年、数千年の歴史を経て経験的に淘汰を経たものが多くある。そこでEBMの方法としては西洋医学とは逆に、疫学的調査を行い、臨 床テストを行った後に動物実験、さらに有効成分の同定という手順を辿ることになるとアイゼンバーグ氏は述べている。 また、西洋医学の医薬品のEBMで広く使用されるRCT(ランダム化比較試験)は、代替医療への適用には限界があるということが、2000年のミュンヘン における国際会議で討議された。つまり、代替医療のEBMには、いろいろなケースにより有効性や安全性が異なる場合が多いということである。代替医療の EBMには、次の3種のものが含まれている。 ①従来の科学的方法でEBMの可能なもの-例えば、健康食品やハーブ。②計測方法に新しい工夫の必要なもの-気功、音楽療法など。③全く新しいEBMの方法を開発する必要のあるもの-波動療法など。このためJACTでは、新しい方法・研究開発のために「代替療法における新理論研究会」を発足させている。
私は医療の展開を、世界的に、俯瞰的に、あるいは、文明的な観点から捉えたいと考えており、この点は伊丹氏と異なっている。 西洋科学文明は、二元論に根ざし、物質中心で展開されてきた。その発達は、人類に大きな文明をもたらす一方、環境汚染、格差、競争、ストレスなどマイナス の影響を与えてきた。すなわち、20世紀の科学の時代は終わり、21世紀の人類が共存共生する時代に入ったのです。これはまさに、東西文明の融合でありま す。 人間としての尊厳のみならず、個人の自由や特性が重んじられる時代になったのである。お互いの各個の価値が重んじられる時代であり、換言すれば、“多様価値の共存”という難しい時代に入ったのである。そこで、21世紀の医療は、「個人の医療」「患者中心の医療」となる。西洋医学は、科学的な統計学的処理に基いた平均の医療を提供したが、これからは、いわゆる「テーラードメディシン」あるいは「オーダードメディシン」になるのである。 では医療の目標は何か。医療は、国民の・患者のためにあるのであり、今こそこの目標を鮮明に主張する時代と考えている。 さて、前述した如く、医療は、患者の心身両面からホリスティック(全人的)にみるのが理想である。この目標の達成のためには、今後も西洋医学が中核的存在 として、その実践を展開する必要があるとともに、その周辺にあるCAMをチーム医療の部分として吸収し、融合し、発展させなければならない。
今、臨床現場における具体例をあげてみよう。交通事故の負傷者が出血し、骨折を起こし、救急で病院に運ばれた時、鍼灸やハーブでは患者は救えない。麻酔を し輸血をして外科手術を行い、出血を止め、骨折の治療を行うことが必須である。つまり、西洋医学しかなしえない治療である。 しかしその後は感染を防止するための抗生物質(将来はゲノム研究により個人に適合したものを使用)が利用さるが、抗生物質の副作用や個人の適合性などに よってはハーブが利用される可能性がある。術後のリハビリには、マッサージ、指圧、鍼灸などの代替医療が有効であることは言うまでもない。また、睡眠薬の代わりに、アロマセラピーも有用かもしれない。 このように、西洋医療のみならずあらゆる療法を利用して、患者に最も適切な治療法を選択するのが統合医療であり、その理論を形成するのが第三の医学である。
現在、世界のレベルからみて、統合医療や第三の医学の体系は確立されていない。これを学問的に作り上げるのが日本統合医療学会の任務であると考えている。 当然のことながら、伝統医療や代替医療の有効性・安全性の解明に対して、西洋医学の分野の最先端であるゲノムや再生医療、あるいはナノテクノロジーや情報技術などによる橋渡しが必要となるだろう。 精神と身体との関係は、西洋においてもギリシャ時代の医学にも認められていたが、東洋においては心身一如という言葉にみられるように、精神と身体との関係 はきわめて緊密であることの認識が代替医療の特色である。病者のために“祈る”ことの重要性、病に打ち克つ精神性の重要さ、あるいはヒーラーの癒しの効果 などについては、最近の精神・神経免疫学がその科 学的根拠を与えつつある。
これには、きわめて多くのものがあげられるが、主なもののみをあげてみる。 ①CAMの有効性・安全性の研究 前述したように、伝統医学も含めてCAMは、経験に基くものであり、いわゆる非科学的なものが多いとされている。確かに、非科学的な部分については批判に 耐えうる研究が必要であり、そのための努力はNIHで研究が行われているが、日本においてもこの分野の研究を推進する必要があることはいうまでもない。現 在、我々は関係省庁にその研究費の申請を行っている。そして、明らかに有効性と安全性が認められた代替医療の治療法は、国民が望めば利用されるべきであ る。 ②医療制度の改革 日本の医療制度は国民皆保険で、しかも保険で認められている治療法の100%近くが西洋医学である。代替医療が現在の保険で利用される余地はほとんどな い。そこで、患者が望むなら、その部分は自由診療とし、保険診療と併用できる「混合診療」を認めるべきであろう。 ③医療教育 現在、米国の13の大学に数年前より、CAMに関する研究施設が設立され、国家的援助の下に研究が推進されている。さらに、CAMの教育のための学科が新 設され、専門教育が行われている。日本でも多くのCAMの教育機関が新設される必要があり、JACTでは、教育カリキュラムの検討を行っている。 また、CAM の質の向上のためには、CAMについて専門の知識を有する専門医も必要になってくる。そこでJACTでは、JACT認定医専門制度を発足させ、現在その審査を始めている。 ④地域統合医療モデルの構築 近代医療と統合医療を行う病院やクリニック、研究所、データベースセンター、各種の代替療法を行う施設(鍼灸、マッサージ、指圧、瞑想、健康体操、アロマセラピーなど)を設置し、緊密な連携システムを作りあげる必要がある。 さらに、周囲にハーブや健康食品用植物などの栽培、代替健康機器などの企業、それらを展示する展示場や総合市場、治療や研修のために短期・長期滞在できる 施設やホテルなど、新しい地域開発のためのデザインが必要となる。現在、JACTにより日本の数ヶ所において、この地域統合医療モデルの計画が進められて いる。
世界的な学術的傾向や社会的変化を見透かしながら、理想の医療像を描き、その目的のために、現状の教育までを含めた制度を「改革して実現する」のか、それ とも固定観念にしばられて、あくまで現状のぬるま湯に浸かって「現状を維持する」のか。この考え方によって、統合医療に対する理解が大きく変わると考えら れる。 前者の道を歩むには、かなりの抵抗勢力があることは事実である。私は、ライフワークを前者の「理想の道」にかけたいと考えている。そして、この夢に賛同する多くの若手医師の、この統合医療分野への参加を期待している。
・「人工臓器ー人間と機械の共存ー」(岩波書店、 1973年)・「医学これからこうなる」(集英社. 1986年)・「人工心臓ー未知なるミクロコスモスヘの挑戦ー」(三田出版会、1989年)・「人工臓器ー生と死をみつめる新技術の周辺ー」(NHKブツクス、1996年)・「バイオメーションー21世紀の方法序説ー」(清流出版、1998年)・「統合医療への道ー21世紀の医療のすがたー」(春秋社、2000年)・「代替医療のすすめー患者中心の医療をつくる」(日本医療企画、2001年)・「自分を守る患者学-なぜいま「統合医療」なのか」(PHP新書、2002年)